地域共創アートプロジェクト:環境問題に取り組むインスタレーションが育む小学校高学年の責任ある意思決定
はじめに:現代社会が求める「責任ある意思決定」と「社会的認識」
現代社会において、子どもたちが直面する課題は複雑化しています。地球規模の環境問題から身近な地域コミュニティの課題まで、様々な状況の中で「責任ある意思決定」を行い、多様な他者と協働しながら「社会的認識」を深めるスキルは、これからの時代を生き抜く上で不可欠な能力と言えるでしょう。しかし、これらのスキルを座学だけで効果的に育成することは容易ではありません。
本稿では、アート活動がSEL(Social Emotional Learning:社会的・情動的学習)の中核スキルである「責任ある意思決定」と「社会的認識」の育成にどのように貢献できるのか、具体的な実践事例を通じてご紹介します。特に、地域社会と連携した共同制作インスタレーションが、児童の主体性、共感性、そして行動力を引き出した事例に焦点を当てます。
事例紹介:地域共創アートプロジェクト「未来へのメッセージ」
本事例は、小学校高学年を対象に、地域の環境問題をテーマとした共同制作インスタレーションを行うことで、SELにおける「責任ある意思決定」と「社会的認識」の育成を目指したプロジェクトです。
1. プロジェクトの背景と目的
〇〇市立みらい小学校(架空)では、都市開発が進む中で児童たちが身近な自然環境への関心を失いつつあること、また地域住民との交流が希薄になっていることに課題を感じていました。そこで、アートの力を借りてこれらの課題を解決し、以下のSELスキルを育むことを目的としました。
- 責任ある意思決定: 環境問題に対する多角的な情報を収集・分析し、倫理的な観点から最適な解決策を考案し、行動に移す能力。
- 社会的認識: 地域の現状や他者の感情、文化、社会規範などを理解し、多様な視点から物事を捉える能力。
2. 実施概要
- 実施校: 〇〇市立みらい小学校
- 対象: 小学校5年生・6年生(計62名)
- 実施期間: 〇年9月〜12月(全8回、各90分)
- 連携: 〇〇市環境保全団体「みどりネットワーク」、地域アーティスト・アートファシリテーターの山本 明氏
- 内容:
- 導入・地域リサーチ(2回): 〇〇市環境保全団体から地域の環境問題に関するレクチャーを受け、学校周辺のフィールドワークを実施。児童はゴミ問題、水質汚染、生物多様性の低下など、身近な課題を肌で感じ、関心のあるテーマを選定しました。
- グループワークと表現活動(3回): 選定したテーマごとにグループを編成し、リサーチ結果や感じたことを話し合いました。その後、地域アーティストのファシリテーションのもと、ドローイング、コラージュ、粘土造形など、多様な素材を用いて各自の思いを表現するワークショップを行いました。
- インスタレーション企画・制作(2回): 各グループで制作した作品を持ち寄り、地域アーティストと教員のサポートを受けながら、全体として一つのメッセージ性を持つ共同インスタレーションの構想を練りました。廃材やリサイクル素材を積極的に活用し、「未来へのメッセージ」というテーマで、地域住民への問題提起と解決への希望を表現する作品を制作しました。
- 地域への発表会(1回): 制作したインスタレーションは、市役所ロビーにて一般公開され、児童たちは来場した地域住民や関係者に対して、作品に込めた思いや環境問題への提言をプレゼンテーションしました。
3. アート専門家との連携とプログラムの工夫
本プロジェクトでは、地域アーティストである山本氏が重要な役割を担いました。山本氏は、単に表現技法を教えるだけでなく、児童一人ひとりの内にある感情や考えをアートを通じて引き出すファシリテーションに注力しました。
- アート専門家の役割:
- 表現活動における安全で心理的に安心できる場の設定。
- 児童が自由に発想し、多様な素材や技法を試すことへの支援。
- グループ内の意見対立を創造的な方向に導くファシリテーション。
- 共同制作におけるビジョン共有と合意形成のサポート。
- 教員との協働:
- 総合的な学習の時間との連携を図り、学習内容を深化させました。
- 児童の学習状況や発達段階に応じた個別支援を共同で行いました。
- プログラムの工夫:
- 実体験とアートの融合: フィールドワークで得た実感を、すぐにアート表現に繋げることで、知識だけでなく感情的な側面からの理解を深めました。
- 協働と対話の重視: グループワークやインスタレーション制作において、他者の意見を聞き、自分の意見を伝え、合意形成を図るプロセスを重視しました。
- 公共性への意識: 作品を地域社会に発表する場を設けることで、自分たちの表現が社会に影響を与えるという「責任」と、社会の一員としての「当事者意識」を育みました。
4. 得られた効果と評価
プロジェクト終了後、児童へのアンケート調査、教員による観察記録、参加児童と保護者へのインタビュー調査から、以下の効果が確認されました。
- 環境問題への意識向上と主体性の育成: 90%以上の児童が「地域の環境問題に関心を持つようになった」「自分にもできることがあると感じた」と回答しました。また、インスタレーション制作においては、自ら役割を見つけ、積極的に取り組む姿勢が多く見られました。
- 責任ある意思決定スキルの向上: グループでのテーマ選定や素材選び、デザインの決定プロセスにおいて、多様な意見を統合し、倫理的な視点から最善の選択をしようとする姿勢が観察されました。
- 社会的認識と関係性スキルの深化: 他グループの作品発表を聞き、質問する中で、多様な視点や考え方を理解しようと努めました。また、共同制作を通じて、他者の意見を尊重し、協調しながら目標達成に向かう関係性スキルが向上しました。
- 自己効力感の育成: 自分たちの作品が地域社会に展示され、多くの人々にメッセージを伝えることができた経験は、児童にとって大きな自信となり、自己肯定感と自己効力感を高める結果に繋がりました。
考察:アート活動が育む責任ある意思決定と社会的認識のメカニズム
本事例は、アート活動が「責任ある意思決定」と「社会的認識」の育成に極めて有効であることを示しています。
アート活動は、単に技術を習得するだけでなく、内的な感情や思考を外化し、他者と共有するプロセスを伴います。環境問題のような複雑な課題に対し、児童はリサーチを通じて客観的な情報を得るとともに、アート表現を通じてそれに対する自身の感情や解釈を深めます。この内省と表現の往復運動が、物事を多角的に捉え、自己の価値観と照らし合わせて倫理的な判断を下す力を養います。
また、共同制作のプロセスは、他者の意見を聞き、異なる視点を受け入れ、合意形成を図るという実践的な社会的学習の場となります。公共空間での発表は、自分たちの活動が社会の一部として認識され、影響を与えるという体験を提供し、社会の一員としての責任感と当事者意識を強く育むことになります。アート専門家がファシリテーターとして介入することで、このプロセスはより円滑かつ創造的に進行し、児童の潜在的な力を最大限に引き出すことが可能となります。
まとめ:アートが拓くSEL教育の新たな可能性
「地域共創アートプロジェクト:未来へのメッセージ」は、小学校高学年を対象としたSEL教育において、アートが持つ実践的な可能性を示唆する事例です。アートを通じて地域の課題に主体的に関わり、表現し、社会に発信するという一連の体験は、児童に「責任ある意思決定」と「社会的認識」という複雑なスキルを、体験的かつ感覚的に習得する機会を提供しました。
このようなアートを活用したSEL教育は、子どもたちの学力向上だけでなく、これからの社会で求められる非認知能力の育成においても、その重要性を増しています。教育現場とアート専門家が連携し、地域社会を巻き込むことで、子どもたちが未来を自ら創造していく力を育む、より豊かな学びの場が広がっていくことでしょう。